30年前の写真その4・南海河内長野

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前回の阪堺線を見た後高野線河内長野まで乗っている。河内長野で電車を降りた瞬間ひやっと感じたのを覚えている。同じ大阪府でも大阪市よりは気温が低い。名前のごとく河内でありながら長野県のような涼しさ。しばらくホームに立っていて程なく向こうから来たのが21000系ズームカーだった。団体臨時列車のようであり乗っていたのは小学生であった。「こうや」以外すべて停まる河内長野を通過していった。クロスシート車が使われていた。

21000系は高野線の急行用として作られた車両で平坦地の高速性と急勾配の登坂性を兼ね備えた高性能車だ。4連が8編成あったと記憶する(定かでない)。そのうち最初の2編成がクロスシート車だった。各座席ごとに窓際に蛍光灯がつけられていたのが珍しかった。団体運用がない限りは他の編成や22000系と共通運用で主に急行に使われていたが乗り合わせることはおろか見かける機会も少なかった。だからそれを見られたのは幸運だったのだろう。あーいいなと思った。

後年友人の家へ行く際なんばから高野線に乗るときついにクロス編成に遭遇した。が、発車数分前に乗り込んだらすでに満員で通路に立ちっぱなし。クロスシートの間の通路は狭く押し合いの状態で立っているのは楽ではない。岸里通過後ぐっと曲がるあたりで近隣の人と共倒れしそうになった。結局金剛で降車するまで立ったままで少し疲れた。この体験をしてこの路線に料金不要のクロス車を入れるのは無理があるなと気づかずにはおれなかった。

21000系は一時新塗色にされた後数年前に全車お役御免となったがクロス車は最後までそのまま使われた。そのうち2両が大井川鉄道に譲渡され、旧南海塗色に戻されて現在も活躍中だ。そして南海には最近2300系という急行用車両が登場した。今再びオール転換クロスシート車の復活である。2+1のゆったりした座席になって座位の居住性は向上した。またこれにより通路は広く取れるようになってある程度の混雑には対応できる。だがいかんせん座席定員が少ない。高野山まで行く人が満足して旅行気分を味わえるようにするには今後も模索が続くであろう。