唯一の自写した新京成の画像

西で泉北高速鉄道が南海に吸収合併された同じ日に東で新京成電鉄が親会社である京成電鉄経営統合して同鉄道の一路線となった。

京都在住の当方千葉県とはあまり縁がなく足を向けたことはすくない(東京ディズニーランドへ行ったことはあるが)。新京成電鉄については全く乗車する機会もないままその社名が消える日を迎えてしまった。非常に心残りである。

しかしまだ学生だった44年前の春休みに東京周辺を旅行した際に松戸に立ち寄っている。常磐線の列車を乗り換えるためにホームに降り立ってしばらく撮り鉄していたと記憶する。そして新京成の電車が停車中のところへ103系1000番台の普通が出ていくところを並びで撮った。どちらかといえば103系のほうが本命で新京成の方にはあまり目を向けなかったらしく他は国鉄車ばかり撮っている。103系1000番台も数年後には改造されわれらが関西に都落ちしてきてそれなりに貴重な記録であるが今にして思えば新京成に接する機会は後にも先にもこの時だけでもったいないことをした。

 

その頃は新京成の電車といえばおおかた親会社京成のおさがりで唯一自前で作った800系というのが最新車という状態だった。8000系の登場なんてまだ先の話である。ここに写っているのは700系元京成の青電で釣りかけモーターを唸らせていた。行先は小室とある。その頃は新京成が新鎌ヶ谷から北総鉄道に乗り入れしていてその北総も小室までしか開業してなかった。成田スカイアクセスはおろか京成が成田空港へ入れなかった時代。今の発展を予想だにできなかった。40年でこれほど変わるならもしかして今後新鎌ヶ谷での連絡線が復活して「松戸発成田空港行きスカイライナー」が走ることはないかなと夢想する。

 

撮影日は1981年3月27日。この写真を撮った後改札を出て駅前の料理店で昼食をとった。店内TVでセンバツ高校野球中継を流していた。試合は京都代表校が早稲田実業と対戦していた。店内は早稲田応援一色で私はアウェイ気分で静かに観戦していた。ここで最後まで見ることはできなかったが後で京都代表が勝ったことをニュースで知った。この時期奇縁か偶然か京都代表が早稲田実業と対戦したことが何度かあったが勝ったのは後にも先にもこの時だけだった。後にも先にもこの日だけのことが二つ起こった一日だった。