80年代の名鉄 ④国鉄広見・名鉄新広見

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名鉄広見線が出たついでなので広見駅を訪れた時の写真もお見せしよう。ここまで出した写真よりさかのぼる事4年前、1982年3月のものである。この駅の所在地はそれまで岐阜県可児郡可児町だったが4月から市に昇格となり駅名も広見・新広見から可児・新可児にそれぞれ改称されることになった。その直前に旧駅名の駅名標をわざわざ撮りに行ったのだ。

 

ここは国鉄(当時)太多線広見と名鉄広見線新広見が隣接している。それぞれの駅構内から他方の構内が見渡せる。私は国鉄美濃太田から乗ってきたので国鉄ホームから撮影した。それぞれの線にやってきた列車と駅名標をご覧下さい。どちらの駅名表も今は見られない形。国鉄のは木製の鳥居形で所在地入りで懐かしさひとしお。名鉄のはあいにく木の陰に遮られてしまっているが隣の駅名が今はない学校前と書かれているのが伺える。気動車は2連で前はキハ48で今もあるが、後ろはどうやら晩年のキハ55らしい。最後は一般色にされて普通運用になっていたらしい。そちらの方を撮っとけば良かったのに撮り損ねた、不覚! 名鉄の方は犬山方からきた広見止まりの7700系4連の普通。当時特急主体の運用だった7700系もこんな使われ方をしていた。国鉄で使われていた腕木式信号機も見える。1982年3月