80年代の名鉄 ⑫美濃町線競輪場前1986

美濃町線の本来の起点は徹明町だったが、後に新岐阜を起点として田神線を経て競輪場前に至る路線の方が主体となった。競輪場前駅はそれぞれの起点から来た2つの路線の合流点である。合流する手前のところに各線の停留所が別々にあった。美濃町線は全線単線だったがここの停留所はどちらも行き違いできるようになっていて交換の場面が良く見られた。

 

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運行は徹明町~日野橋間と新岐阜~新関間に別れており前者には元札幌市電のモ870、後者には複電圧車のモ600やモ880がよく使われた。それらは野一色で相互接続するようダイヤが組まれており競輪場~日野橋間はダンゴ運転していた。接続調整のために車掌さんが降りて相手の列車に合図するようなこともこの停留所では見られた。

 

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ところで岐阜市内の併用軌道区間の停留所には安全地帯がなく道路から直接乗り降りするようになっていた。どこが乗降場か分かりにくいし第一電車を待つのが恐かった。このような状態を放置していた行政の姿勢は問題だったと思う。それでもこのころはそこそこ乗客が乗っている。まさか廃止の憂き目に会うとは誰も思わなかっただろう。
1986年9月21日撮影