夕焼け小焼け

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かつて幼稚園の園長先生だった92歳の女性。今は特別養護老人ホームに身を置く。職員の介護度が大きい。自分で立つことができず介助で車椅子に乗る。食事にもトイレにも介助が必要。食事のために食堂に連れて行くと「お部屋に帰る、連れてって」と何度も訴えて職員がなだめる。手は動くのに自分で食器がもてるのに持とうとせず職員がスプーンで食物を口に運んでいる。嫌いなものは吐き出してしまい食べ終わるのに時間が掛かる。
そんな人なのだけど、きょう部屋の隅にあるピアノに向かわせてみると暗譜で「夕焼け小焼け」を弾きだされた。しっかりした音が出ていた。そしてそれにあわせて部屋にいるみんながうたい出した。曲の終わりの頃は大合唱だった。なぜか涙を浮かべている人もいた。聞いていた職員は拍手した。
古い記憶は残されているのだ。そして私は思った。この人には今確かに問題行動が多いが、それは無意味な行動ではなく過去の記憶に基づいて何らかの意味を持った行為なのではないか。「おうちに帰る!」と泣いている子供を嗜め食べものを吐き出す子供に何を与えようか考えている過去の自分が思い出されたのか。そしてそんな子供達にピアノを聞かせてなだめていたのかもしれない。その子供達は今はもう立派な大人、もう自分のことなど忘れているかもしれない。功をとげ人に慕われた過去のある人はそんな寂しさから自分の世界に閉じこもって行くのではないだろうか。