将軍様の鉄道

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コアな海外鉄道ファンにお勧めの一冊はこれ!

  国分隼人著 新潮社 1900円 DVD付き

謎の多いあの国の鉄道事情、一体どんなものが走っているのか趣味的見地からは興味が尽きない。今までこれだけ克明に詳細に記されたものがあっただろうか。著者の肩書きはトラベルライターとある。まず一介の民間人がかの国に入国し鉄道に乗りその写真を撮り記録を集めることが出来たのに脱帽する。政治的に乗車が困難であるばかりでなく経済エネルギー状態の困窮から時刻表通りに運行されることのない鉄道だけにその労苦は大変なものであったと推察する。
先の6カ国協議の合意により北朝鮮が60日以内に核施設の停止をすれば日本以外の4カ国は見返りにまず5万トンの重油を支援しさらに核の無力化を確認できたら重油95万トン相当のエネルギー支援を行なうということになった。これらの支援を有効なものにするにはかの国の現在のエネルギー状態がどのようなものか窺い知るべきだと思うが、この本は鉄道を通して理解の一助になるだろう。
意外なことに総延長約5200㎞のうち80%近くが電化路線であるという。国内で石油が取れないので水力や火力発電によって電力供給する国策にそったものであった。しかし1990年代に国内経済が疲弊してきて発電量も激減し鉄道の運行もままならなくなった。列車は間引かれ停電のため途中で止まりスピードは出せなくなった。保線状態の悪化も伴い早い列車でも時速40㎞ほど山岳地帯では15㎞がやっとという。平壌新義州間225㎞を日本統治時代蒸気列車で4時間15分だったのが現在は電気列車で5時間5分かかっている。施設は老朽化、車両は劣悪、一般庶民が乗る車両は窓ガラスがなく電気がつかない。
唯一つこの国で例外的に豪華な列車、それは将軍様専用特別列車である。応接室、執務室、会議室、食堂、寝台などを備えて最大12両編成で使われる。しかし専用列車とて高速では走れない。逆に考えればゆっくり走る長旅に将軍様が退屈しないようそれだけの設備が必要なのだということか。
日本の鉄道ファンに興味深いのは日本統治時代に作られた日本製の車両がまだ現役で走っていることだ。それらの写真が収められている。ミカイ、ミカサ型SL。また平壌の「鉄道省革命事績館」にはかつて「金剛山電気鉄道」で使われていた電車も保存されていて、どこか新京阪デイ100や参急2200を思わせるような外観でこれだけでも見に行きたいと思わせる逸品だ。そしてこの鉄道が戦争で廃止になってしまったことを残念に思う。現在走っている鉄道路線の約7割は日本によって建設されたものだ。それが破壊されたのは朝鮮戦争のときが大きい。韓国も北朝鮮も日本に対し過去の謝罪と賠償を求めるけれども、少なくとも鉄道の分野では日本は今いうエネルギー支援をすでに行なっていたと思う。
DVDの映像も鮮やかで楽しめる。