蔵出し写真・82系DC特急まつかぜ&かもめin京都

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しばらく1972年当時の82系DCが続く予定です。夏休みの一日京都駅で見たいくつかの82系の特急です。朝7時台には2つの特急が並ぶ光景が見られました。まつかぜとかもめ、どちらも今もローカル特急にその名をとどめていますが、その昔京都の地で肩を並べていた間柄だったのです。といってもまつかぜが発車する直前に向日町から回送されたかもめが入線してきてほんの数分のことですが。まつかぜを見送ったかもめは発車までわりと長く停まっていました。多分5,6番線での事と思いますが詳細を失念しました。まつかぜはこの年の10月改正で始発が大阪に変更になるため京都での見納めということで早起きして見に行ったのです(かもめは最後まで京都始発だった)。この時点ではどちらも京都から博多まで乗ることが出来ましたが山陽線経由のかもめは京都8時発で博多17時17分着、対する山陰線経由のまつかぜは京都7時20分発で博多には20時50分着。4時間も差ができるのでした。ただこのときにはすでに山陽新幹線が岡山まで開業していましたので岡山乗継でもう少し早く到着することも可能だったはずです。ここで現在の時刻表に眼を通してみると今京都発8時17分発ののぞみに乗ると博多に10時55分についてしまいます。往年のまつかぜに乗りとおしている時間があれば京都から博多まで2往復できる事がわかります。おりしもこの頃藤圭子宇多田ヒカルの母親ですね)が「京都から博多まで」という曲を歌っていましたが遥かな地へと流れていった女性の哀愁という趣旨の詞でした。この頃は博多というのは東京はおろか京都の人間にとってもまだ遠い土地という感覚だったのでしょう。かもめにせよまつかぜにせよ遥かな道を走る特急列車でした。

 

①かもめが入線して僅かの間の並び
②まつかぜ正面、貫通幌がずいぶん痛んでいる。キハ82の前面幌は水がたまって錆が出来やすく保守には手がかかったという。
1972年8月20日 京都駅にて