天空列車

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  長岡洋幸/写真 長田幸康/写真 集英社 ¥1600

 

天空列車とは、2006年7月に開業した「世界で最も高い場所を走る寝台列車」。
標高4000m以上の高原を駆け抜け、聖なる都ラサへと旅人を導く。

 

中国の西の果てに位置してインド・ネパール・ブータンミャンマーと接するチベット自治区への鉄道建設は中国指導者の悲願だった。しかし崑崙山脈からチベット高原にさえぎられて建設は容易ではなかった。5000m級以上の山が並び平均標高4500mという地形に鉄道を通すことなど前人未到のことである。わがJRの最高地点が小海線野辺山~清里間の1375m、ロープウエーの最高地点が長野県駒ケ岳の千畳敷駅2611,5m、いわずと知れた富士山の標高が3776mという国柄からは想像もつかない。中国の国内事情の変化もあるが着工から完成までほぼ50年かかった。愚公山を移すの国である。青海省西寧からチベット西蔵自治区の首都ラサまでの約2000kmを結んだこの鉄道は青蔵鉄道と名づけられた。

 

この鉄道によって運行を開始された天空列車の旅行記である。西寧からラサまでを26時間で結んでいる。ラサへはすでに飛行機が通じている。鉄道は時間がかかるが秘境の山や動物達の大自然を鑑賞しながらひた走る旅行の醍醐味が味わえる。その時間を快適に楽しみ安全に過ごすために考慮された車両が使われている。軟臥(1等寝台)車2、硬臥(2等寝台)8、硬座(2等座席)車4、食堂車1の15両編成となっている。車体色はわが国のトワイライトExpとよく似たダークグリーンに黄色帯に揃えられている。空気の薄い高地を走るため車内の気密を高めてあり乗客が普通に行動できるようになっている。もし高山病の兆候があったときのために酸素マスクが設けられていて医務室もあるという。車内システムについてはカナダ・ボンバルディア社との合弁公司によって製造された。

 

始発駅の西寧はすでにチベットへの入り口であり中国の大都市とは一味違った異郷である。チベット文化の片鱗を垣間見て旅は始まる。やがて中国最大の塩湖青海湖を見ながら西へ進むと砂漠の中となりゴルムド到着。ここまで比較的平坦だった道は崑崙山脈に差し掛かり高度を上げていく。6000m級の山が200以上連なる。回りは雪景色である。山脈を越えるとココシリと呼ばれる無人地帯で様々な野生動物が目の当たりに出来る。広い広い高原を過ぎ世界最高の鉄道駅のあるタングラ峠を越えツォナ湖を見る。さらにもう一つニェンチェン・タンラ山脈を過ぎると列車は高度を下げ終点ラサに到着する。それでも高度は3600mあり空気は薄い。列車から降りて走ったりしないように。ダライ・ラマの居城、「垂直のベルサイユ」と呼ばれる世界遺産ポタラ宮はここにある。

 

ここに鉄道が引かれたことは技術的に画期的であり中国大都市との交通の便が大幅に向上したことは多数の人民の利益にかなうものと認める。しかしこれはチベットは中国の不可分の領土であると強弁する中国政府の抑圧の手が伸びることを印象付けるものでもある。ポタラ宮に住むべきダライ・ラマ14世は自分の居城に戻れないままである。今も国外の人間がチベットに入域するには中国ビザとは別に入域許可証が必要なのだ。門戸を広げる一方で中国政府が対外的な警戒は緩めていない証である。それでも入域して観光できる機会を得られたら、地域の遺産や民族性をみてこの文化を受け継ぎ守っていくのを担うのは誰であるべきか考えることも必要であろう。