ブルーレイ圧勝です

Tさん(76)は昔○下電器に勤めていて40年以上TVやビデオの生産工場の現場で働いていた。退職後体調を壊し現在は家で療養されているが足に不全麻痺が残る。足を触るととても冷たく感覚がないという。それでよく足に小さな怪我をされる。足を暖めマッサージで血流を改善しその上で歩行器を使って歩く練習をしている。もとより寡黙な人である。治療に対して文句は言われないがなかなか会話が弾まない。時事の話題など話し掛けてもあまり乗ってこられない。いつも静かに治療している。

 

先日○芝がHDDVD事業から撤退を発表したことが新聞の1面に載った日そのことを話し掛けてみた。「○芝も痛手ですね。今までの開発費が水の泡では立ち直るのに時間がかかるのではないですか?」
いつもなら何を話しても大きな反応が返ってこないがこの日は声かけに即座に体が動いた。「ああDVDなあ、またビデオの時と同じようになったなあ」といって話はビデオの規格争いのことに移った。2昔以上前ビデオの規格をめぐってVHS陣営とBETA陣営が争っていたころTさんは○下電器でVHSビデオ生産開発に携わっておられたのだ。「VHSはもともと子会社だったビ○ターが考え出したビ○ター・ホーム・システムいう名前を略したものや」「それを親会社のウチが抱き込んで広く流通に乗せられた」

 

心なしか顔の表情が緩んできた

 

BETAのほうがコンパクトで扱いやすそうだったのに広まらなかったでしたね。
「昔のTV画面の走査線が525本あったけどその1本1本をきれいに解像させようとしたらやっぱりテープに一定の長さと幅が必要だったんでBETAでは不足していたんやろ」「音声多重録音もBETAではちょっと弱かったし」…ははあそうでしたか

 

マッサージ、いつもと同じようにしているが赤みが増してきた

 

「もともと○芝や○立はどっちかというと重電が強くて発電所やら工場の大型機械なんかが得意な会社や」「その点○下は家電に強みがあって販売店の数も多いし電気製品の値段も大体○下のものが基準になるんやで」「だから○下の人間から言わしたら家電のことはウチに任せてくれという気持ちが強いもんなんや」「結局ビデオにしろ今度のDVDにしろ○下のやってるほうが勝ったやろ」 これが元○下社員の矜持たるものか…。

 

足を動かすといつもより力が入る、さあ少し歩いてみよう

 

「昭和30年代くらいまでは○下も小さい会社で○下○之助はんも現場に来ては私らとじかに話してったもんや」「あの人の声はちっちょおて工場の中ではぜんぜん聞き取れへなんだ」
それが高度成長期3種の神器(TV、洗濯機、冷蔵庫)の普及によって急成長していった。
「そうなるともう雲の上の人みたいになって会うて話することもできんようになったけど…」

 

歩いて部屋の隅まで来て壁の上のほうを見上げる。今日は足元がふらつかないぞ。

 

壁の上に「平安」と書かれた色紙が飾ってある。
「あれ見てみ、わしの勤続25年の表彰式のとき○之助のおっさんが自筆で書きよったんをもらったんや」はあそうでしたか、今まで気づきませんでした。それは貴重なもので。

 

いつも部屋の中を2周して終わる。きょうもそれだけだったが
「きょうは足が軽くて調子ええわ、もうちょいできそう」

 

○之助翁のお力でしょうか。私一人でここまでできたとは思えません。ブルーレイの勝利に気をよくされたご様子も。

 

「そやけど今度○下の名前なくなって○ナソ○ックになるんやな。あのおっさん天国で少しさびしがっとるかも知れんな…」 一言しみじみと洩らして私に「おおきに」と言われた。