もうすぐお別れ

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宵の空が次第に漆黒の闇へと塗り変わっていくと下界の灯火がより一層瞬きだす。
ここは道玄坂に建つビルの最上階にある地中海料理のラウンジ。窓越しの一卓から渋谷の夜景が見渡せる。男が切り出す
「僕は今度大きなプロジェクトを任されて西の国へ行くことになったんだ。ちょっと時間がかかるししばらく逢えないと思うんだけど完成した暁には君を迎えに行くから待ってて欲しい」
店内にかかる曲はベートーベンの月光ソナタ、その高鳴りに女は動揺しながら聞いた。
「西の国へ行けば私が夜の闇に包まれているときにあなたはまだ太陽の光を浴びながら仕事のことを考えている。同じことを同じ時に考えられないのはさびしくないかしら」
「いいんだよ、太陽がない間はさびしすぎるから月が作られたのだよ。君が夜空を見上げて見える月の光は太陽から送られた光を反射したものじゃないか。月という静かだがやさしい女神が僕の心をすぐに君に伝えてくれるんだよ。だからさびしがらないでまた逢える日を待っていてくれ」
パガニーニ作品チェントーネ・ディ・ソナタ第2番へと変わったところだった。レガートな旋律に包み込まれての話に女は酔わされたのかもしれない。
「そうね、ソロの曲って夜聞くと滑らかだけど力強い響きを感じるの。心地よい明くる朝を迎えるためのビタミンなのね。どうか心配せずに行ってきて。そして迎えに来てね。」

男が旅立つのは後10日ほどに迫っていた。帰って来る日を待つ女のまなざしを背に受けながら彼は立っていく。
「もうしばらくこの街に居るからまたメールするよ。それじゃ旅立つときにまた逢おう」

写真 2008.3.2 京都にて