阪急電車

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有川浩著 幻冬社 2008.1.25初版


こんな題名の小説があると鉄は思わず手にしてしまう。しかし帯を見ると「電車は、人数分の人生を乗せて、どこまでもは続かない線路を走っていく-」と書かれてあり混沌とした人間模様が描き出されることを予想させる。果たして鉄が読むに耐えうる読み物であろうか?

ページを開くと物語は路線が『人』の形に合流している阪急宝塚駅を始発駅とする今津線が舞台となることを予告する。始まりは梅田や河原町からではないのである。む、ちょっとマイナーなチョイスだぞと思いつつも、鉄道あるいは関西をよく知らない他地方の人でも(特に女性には)タカラヅカと聞けば一定のイメージを膨らませることができて舞台設定として味なところを突いたものだ。

最初の登場人物征志の登場場面が図書館というのは作者有川氏らしいといえるしすでに獲得した有川作品ファンを今また引き込ませるのに効果的に使われている。その征志が図書館で見かけて知っていた女性と偶然電車の席が隣り合わせになり鉄橋から見下ろした中洲に書かれた『生』の文字のオブジェ。こうして2人は知り合い生ビールを飲みに行く。
→最初の一駅間で『人』『生』の二文字を見つけることができた。なるほど今津線にしなければならないわけだ。このあと様々な人生が展開しそれぞれが絡み合っていく面白さを象徴している。

電車は宝塚から各駅に停車して色々な人を乗せたり降ろしたりしてわずか15分で終点西北に着く。それだけの間で同時進行する8つの人生を見ることができた。それらは絡み合って複雑な模様を織り成して話は広がる。だが臙脂色と抹茶色と木目が融合して調和している阪急電車のように話は融合と調和していくのだ。
後半は戻りの電車という舞台設定で半年後のそれぞれの登場人物の姿を描く。皆よりよい人生を送るためにある人と別れある人と出会いを繰り返しながら…。甘口辛口苦口のエピソードが続くが最後は甘口で締めくくる仕上げは上手い。

この物語、誰が主人公というわけではない。いくつかのエピソードのなかのどれかに読者は肩入れしたくなってくるだろう。私的には「くだらない男」に足蹴にされても知らん人たちや友達に救われながら自己を高めていこうとするミサの力強さに共鳴する。また彼女の友人マユミの兄には男として心底「かっこええ!」と拍手を送りたくなった。それからえっちゃんの話は笑えたしその彼氏もなかなかできんことをする天晴な男と思えた。

これだけの話を絡み合わせてつなぎひとつの物語にまとめていくのは作者有川氏に数学的素養があると思った。一気に読みきれて最後はホコホコ気分。阪急電車が物語り展開の重要な大道具として登場するが電車に関する描写に初歩的な誤認もなく良く書けているといえる。というわけで鉄にも読むに耐える、いや是非一読を勧める一作であった。☆☆☆☆☆