湖西線40周年記念列車を見に行く

ここしばらく鉄道から遠ざかっていて、そろそろ鉄分補給が必要かなと思っていた。そこへ情報、この7月20日JR西日本湖西線は開業40周年を迎えそれにあたり記念列車が運行されると聞き当日駆けつけた。しかし朝寝坊して家を出たのが10時すぎ、京都出発10時32分には間に合わなかった。だがこの列車、京都で乗せた乗客は近江今津で降ろして1時間以上停車しそこからは別の乗客を乗せて敦賀へ行くことになっており、今津まで行けば見ることができると思い大津京から後続の電車に乗って今津へ向かった。

 

大津京に張り出されていた開業40周年に関する写真
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その昔走っていた江若鉄道の路線を引き継ぎ高架・電化した幹線級の路線に変貌した。江若鉄道の思惑のような若狭への延伸はかなわなかったが関西から北陸へのショートカットとしての機能を果たし現在も重要視されている。開業後しばらくは新快速・普通列車のみの運行で電化方式の関係で全線直通列車はなかった。雷鳥などの優等列車が走るのは翌年3月のダイヤ改正まで待たねばならなかった。

 

そして近江今津
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乗ってきた新快速が到着(12:34)すると隣のホームに停まっていた。おりしも出発式が始まったところだった。地元市民を乗せたDD51牽引のサロンカーなにわ7連の列車でこの日を迎えるためにかきれいに磨かれていた。多くの市民やファンに囲まれていた。13:05の発車までまだ時間がある。新快速は9分停車ののち先に発車する。再びこれに乗って先回り。

 

永原で待ち伏せ
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開業当初この駅までの普通列車の設定があった。直流電車はこの先進入できなかったためだが次の近江塩津との一駅間の本数が著しく少なく北陸への連絡線の機能を果たしているとは言い難かった。今は敦賀までの直流化によりこの駅どまりの意味がなくなりただの中間駅となったが、一度降り立ってみたいとは思っていた。トンネルを出て広がる清閑な土地に琵琶湖の北の果ても見渡せる。今は長浜市の一部になっている。
列車は予定より5分ほど遅れてやってきた。

 

思わぬ余得
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この駅は先述の理由で待避・引き返しの設備があり、列車はここでしばらく停車した。後続のサンダーバード、トワイライトを待避するためであった。両列車は相次いで通過していった。本来ならトワイが先に来てサンダーバードのはずだったが逆順で来た。どうも東海道線で事故のためダイヤが乱れていた影響のようだ。本来ここで抜かれるはずではなかったのかもしれないが、おかげで後姿ながらトワイとなにわの並びを撮ることができた。

 

京都へ帰還
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今津からまた別の乗客を乗せた列車が17時過ぎ京都へ到着した。入線する6番線周辺にはやはり多くのカメラの放列。対面の5番線にはひっきりなしに電車が発着するが合間を見て係員氏監視のもと何とか撮った。にわか雨が降る。

 

翌日の新聞記事には「昔懐かしいDD51型ディーゼル機関車」という表現があったが、なるほど確かに登場してすでに50年近く経つし国鉄の遺産として古参兵には違いない。デビュウ当時はSLを駆逐した張本人とされデザイン的にも見栄えしないことからSLファンには白眼視されたが、今やこれほど貴重な存在とみられている。40年、いやそれ以上の時の流れを感じずにはいられない。サロンカーなにわも国鉄末期に作られすでに30年経過しているがよく手入れされ色あせは見られない。同時期に作られた各社のジョイフルトレインのほとんどがすでに引退している中で貴重な存在である。どちらも久しぶりに見ることができ安堵した。

 

2014.7.20撮