経営移譲前の南海貴志川線

徳川御三家の一つだった紀州徳川家のおわす和歌山は由緒ある城下町として栄えていたのに近年は太平洋ベルト地帯の経済発展からとり残され人口37万人の中小都市に甘んじている。大阪府から和歌山県北部に路線網を有する南海も和歌山県内の部分の乗客の減少に頭を悩ませている。もとより南海本来の路線ではなく吸収合併によって生まれた貴志川線は他線とは離れていて架線電圧も違いいつの間にやらお荷物路線になってしまっていた。南海がこの路線の廃止を2003年に打ち出してから沿線自治体が存続を求めて受け皿となる鉄道事業者探しをした。名乗りを挙げた企業の中から選考の結果岡山電気軌道が受け皿となってその100%子会社の和歌山電鐵が事業を引き継ぐことになった。南海は2005年9月末を持って廃止としていたが、和歌山電鐵への免許交付を待って2006年3月末まで延長された。2006年4月より和歌山電鐵としてスタートした貴志川線は線路や車両を南海からそのまま引き継いだが、次第にいちご電車色に塗り変えられている。

 

①大池遊園付近
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南海の営業撤退がはっきりした2004年7月に乗りに行った。前に乗ったときは1200系オンリーだったが今度は高野線22000系からの改造した2270系オンリーになっていた。南海の路線なのにスルット関西が使えず3DAYチケットもダメ。このときは1日乗車券の類もなかった。何度も乗り降りしてたら結構出費になった。南海として乗ったのはこれが最後だった。和歌山電鐵になった今、線内のフリーチケットが発売されているそうな。貴志の駅長さんに会いにまた行かなくては。

 

②貴志
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2004,7,19撮