2005-09-01から1ヶ月間の記事一覧

優勝しました!

Bravo~、ついにその日がやってきた。本拠地甲子園で宿敵ジャイアンツを5-1で下しての堂々のリーグ優勝決定!。今年は交流戦で勢いづいて打つわ投げるわ夏のロードも勝ち越せただけに順当レースで何の不安材料もなく優勝をもぎ取りました。本当にこれ…

国際情勢に鑑み…

すみません、今日の記事はあまり面白くありません。いつものような記事を期待されている方は読むのをパスしてください。 United Nationsは国際連合と訳されているが連合国と読むことも出来る。むしろ直訳的にはそのほうが近い。むろん第二次大戦の連合国のこ…

奈良線のうぐいす色103系

地元の人間にとっては特に変哲も無い風景なのですが、東日本の同色の103系がいよいよ引退と聞き、こちらの同系車の長命を祈ってあえて掲載します。川越・八高線の仲間たち、お疲れ様でした。我々はこれからも頑張るぞ!

白い彼岸花その2

先日の「白い彼岸花」が咲いてたところのすぐ横を見ると、なんとこんなに咲いていました。ベゴニアと陣取り合戦。ちょっと写りが悪くてごめんなさい。実物はもっときれいですよ~。

国鉄赤谷線・おまけ

東赤谷構内から側線が延びており坑道入り口へつながっていた。そこからは作業用トロッコが坑内に引かれており鉱山閉山後も石灰石採掘のために使用されていた。訪れた日は日曜日だったため作業はされておらずトロッコも動いていなかった。人気もなく入り口も…

国鉄赤谷線

赤谷という地名から想像がつくがここらは土地が赤みを帯びていてかつて鉄鉱石も取れたという。他に石灰石も採取されていた。国鉄赤谷線はすでに大正時代に新発田~赤谷間が開業していたが、戦中の国策でそれらの鉱産物の運搬のために一つ先の東赤谷まで延長…

また猫を撮る

散歩中に出会ったこの猫はのんきでこちらが近づいていっても逃げるそぶりを見せない。「おれの寝場所に近づくな。お前があっちへ行け」と少しうつろな目が語りかけていました。安眠妨害してしまったがおかげでかなり接写できた。3枚目の写真、携帯の待ちう…

白い彼岸花

今日はお彼岸の中日。あちこちに彼岸花が咲いています。先日のはなみずき様のブログに彼岸花の写真が載っていましたが、その中に白い花のものもあると書かれていたのでそれは見てみたいと思っていました。でも意外と容易に見つかりました。近所にある遊歩道…

蒲原鉄道

これも新潟にあった小さな私鉄の一つ。磐越西線五泉から村松を経て信越本線加茂に至る総計21,9kmの電化私鉄。村松が中心となっていてこの鉄道の本社はここにあり車庫もここにあった。運用もここで分断されており全線通しの運行は皆無だった。村松には戦前…

新潟交通

あの田中角栄を輩出した新潟県。彼の政治手法には死後10年以上たった今も様々な評価がなされている。その政治的意義は他の項に譲るとして彼によって新潟の交通網が大きく発展したのは迷うところがない。鉄道においては在来線は日本海側地域のうちではいち…

双耳付瓶

12年ほど前萩へ行ったとき見つけて買ってきた。萩焼と思われるが値段は4桁であった。なぜ買う気になったかというと、形が宋代の青磁瓶のそれを思わせて私の美的感覚をくすぐったからである。とはいえ口内径が4cmもあり花瓶として使いやすいので実用品…

弘南鉄道弘南線

かつての阪和電鉄の名車モヨ100のなれの果てがここにいた。国有化後も国鉄で走り続け昭和42年頃引退したあと岩手県の松尾鉱業を経て弘南へやってきた。だが国鉄時代にすでに3扉ロングシート化され弘南に来てからは電装解除・片運、前面非貫通化・台車…

東洋医学的脳死考あるいは君主の官について

脳が指令を送るから心臓が動くのか、心臓が血液を送るから脳が働くのか、相互依存の関係でありどちらが上とはいえない。けれど脳が死んでも生命維持装置をつければ心臓は働き続けることが出来る。逆に心臓が止まってしまってはどのような処置を施しても脳が…

津軽鉄道

弘前から五能線に乗り川部を過ぎると見渡す限りのリンゴ畑の中を走って五所川原に着く。ここから津軽鉄道に乗り換える。硬券の切符を買い女性の駅員に手渡し入鋏してもらう。構内にはだるまストーブで有名な旧型客車が止まっていてそれに乗りたいのだが、乗…

釉裏紅瑞穂瓶

今は台風シーズンだが、これが過ぎれば実りの秋。それにちなんで一昨日床の間に出した。京都在住の陶芸家河合誓徳氏の作品。彼の得意とする釉裏紅で豊かな実りあるいは太陽の恵みを表現している。特徴的な肌触りのよさがつい手を触れさせてしまう。だが古い…

どこにでもありそうな病状

最近ひきこもりだった青年の体験手記を読んでいる。それによるとその初めの症状はこんなものだったという。「ある考えや感情が浮かぶと常にそれと正反対の考え方や感情が同時に浮かぶ」そのために他人が面白そうにしているのを見て自分も面白いと思うのにも…

特急あずさ

8時ちょうどのあずさ2号で…♪という狩人の「あずさ2号」という歌が流行ったのは昭和52年でまだ国鉄だった頃ですが、「あずさ」は183系電車でした。国鉄のころはとにかく一つの形式・系列を量産することが多くてこの183系やその同族189系も特に首都圏で大量に…