80系と117系の類似性

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80系は湘南形の別名もあるようにそもそもは東海道線京口で登場したもののどちらも京阪神の快速用にそれまでの車両とは一線を画して投入された。正面非貫通の2枚窓、2扉になって、どちらも当初はベージュにマルーンのツートンカラーだった。もっとも塗り分け方は全く違ったが。京阪神のあと中京地区にも配備されたことも似ている。だが、その後の輸送力増強と高速性能の向上の流れの中で対応しきれなくなって後続形式にその座を明渡していく過程も似ている。居住性改善のために採用した2扉がかえってその活躍の場を縮めたことは皮肉だった。後続形式(113系221系)はまた3扉となった。やがて本線の快速運用から撤退して地方各線に散っていったのも似ている。特に山陽本線岡山地区への転用は同じである。ここでの活躍は結構長い。80系の稼動期間は1950年から1980年代初めまでの30数年だったがそのほぼ半分くらいの期間岡山には在籍していた。117系は今も全車健在だが古いもので28年になる。サンライナーとして初めて岡山に転出したのが1992年だから来年で15年になる。生涯の半分以上を岡山で過ごしていることになる。また80系において余剰となったサロをクハに改造の上他系列に組み込むというケースもあった。117系においても編成短縮で余剰となったMM'ユニットを115系に組み込む例もあった。117系は今後まだ数年生き延びるだろうが、かつての80系がそうであったようにどこかで出会ったら「あ~なつかしい、こんなところで生きていたのか」と思うだろう。たとえばもしも東海所属車が飯田線を走ったりしたらその感も深まるだろう。写真はいずれも京都駅で撮ったもの。80系は1967.4のもので117系は1995年10月奈良線で使用中のもの。