1977年に水島臨海鉄道に乗ったときのことを記事にしている。
→ 水島臨海鉄道1977 - awatembowの日記 (hatenadiary.com)
ここで書いてある通り最後の一駅 水島~三菱自工前間が未乗のままであった。
1977年当時この一駅は朝夕の通勤時間帯だけの運行で昼間はなくヨソ者には乗りにくいところだった。
ところが2007年のダイヤ改正で同区間の列車本数が増発され昼間でも乗れるようになった。
されば急ぎ行きて乗らずば… というわけで笠岡を後にして倉敷へと向かった。
→ 水島臨海鉄道1977 - awatembowの日記 (hatenadiary.com)
ここで書いてある通り最後の一駅 水島~三菱自工前間が未乗のままであった。
1977年当時この一駅は朝夕の通勤時間帯だけの運行で昼間はなくヨソ者には乗りにくいところだった。
ところが2007年のダイヤ改正で同区間の列車本数が増発され昼間でも乗れるようになった。
されば急ぎ行きて乗らずば… というわけで笠岡を後にして倉敷へと向かった。
現在の水島
駅ホームから自工前方向を見る。線路が分岐しているが自工前は右へ曲がるほうの線である。直進するのは貨物専用である港東線である。自工前から戻ってきた上り列車と交換。
それにしても前回訪れたとき川のほとりの小さな駅だったのが高架駅となって同じ場所とは思えない。
駅ホームから自工前方向を見る。線路が分岐しているが自工前は右へ曲がるほうの線である。直進するのは貨物専用である港東線である。自工前から戻ってきた上り列車と交換。
それにしても前回訪れたとき川のほとりの小さな駅だったのが高架駅となって同じ場所とは思えない。
終点三菱自工前到着
やっと思いを果たした。着いたのはホーム一本の無人駅。大半の乗客は水島で降りてしまい終点までの乗客は私一人であった。線路はこの先も続いており800m先に水島貨物ターミナルがあり貨物列車はそこから発着している。またその中に現有車両の留置線もある。
やっと思いを果たした。着いたのはホーム一本の無人駅。大半の乗客は水島で降りてしまい終点までの乗客は私一人であった。線路はこの先も続いており800m先に水島貨物ターミナルがあり貨物列車はそこから発着している。またその中に現有車両の留置線もある。
倉敷市~水島間に乗るのはこれが二度目だが路線のかなりの部分が高架化されすっかり様変わりしていて初めて乗ったのと変わらない感触であった。
2011,10,9撮