樽見鉄道

名鉄谷汲線で谷汲から一駅目の長瀬で降りたのはそこから樽見鉄道の谷汲口まで歩いていこうとしたからです。名鉄谷汲線樽見鉄道は大部分川を隔てて走っていたので行き来できなかったのですが、この谷汲口だけは名鉄と同じ側の岸を走っていて接近していました。それでも結構あって20分近く歩いたように記憶してます。どちらも小さな無人駅で互いに相手の駅の存在など無視しているという感じでした。

 

①谷汲口到着した大垣行きハイモ230
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樽見鉄道国鉄樽見線から第3セクター化して発足した鉄道です。国鉄民営化を待たず1984年に第3セクター転換したのは早かったほうです。国鉄樽見線越美北線越前大野と結ぶつもりで建設が始まりましたが完成したのは大垣~美濃神海間だけでした。美濃神海~樽見間は7割完成したところで建設凍結されたまま国鉄は手を引きました。後を受けた樽見鉄道は建設再開し開業後5年で開通にこぎつけました。その当初はJRからの直通列車で薄墨桜見物の乗客を運んだり積極策で第3セクターのお手本となるような優良経営だったのですが、それも大株主である住友大阪セメントの貨物輸送があったからこそ。同社は2005年度末をもって貨物の鉄道輸送を止めると通告しました。今は旅客収入も伸び悩み今年が正念場です。

 

②本巣で15分くらい停車。外へ出て停まっていたディーゼル機関車TDE10の引くセメント列車を撮る
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1986.9.21撮