1977・都電荒川線

話は前後しますが1月29日の朝ドリームで東京に着き、知人の結婚式出席で横須賀へ向うまで時間があるので都電を乗るため寄り道してます。夜行バスに乗るときはラフな格好だったと思いますが、着替えの礼服を持ってブラブラしていたのでしょうか? はっきりと思い出せませんが帰りに横浜でもぶらついてるし、よくそこまで鉄バカしていたものと呆れます。

 

この頃の都電の色は黄色に赤い帯。どの電車もツーマンで車掌さんが乗って切符を売っており運賃は50円だった。当時まだ京都にも市電が残っており運賃は確か90円だったので都電は安いなと感じた(今は160円ですか、それでも安い)。車掌さんが肉声でいちいち次の停留所名を案内していたのを心地よく聞いていたと記憶する。

 

朝から京浜東北線で王子まで行きそこから早稲田へ向って乗車。その頃在籍していたのは6000.7000.7500の3形式だった.3形式の写真をそれぞれ一枚ずつ出しておきます。

 

6000形
イメージ 1

 

7000形
イメージ 2

この形式が一番よく見られた。

 

7500形
イメージ 3

 

数年前まで6000形の最後の一両(6152)が残っていたようだがこのころでもそれほど見られなかった。7000、7500という形式は現存しているが車体、色が全く変わっていて今とは別の車両のようだ。乗ったのはその7000形。通勤時間帯の過ぎた土曜日の午前中ということでお年寄りの乗り降りが多かったがかなりの部分専用軌道で結構速かった。遅れもなく早稲田着。大学生が乗っていたようにはあまり見えなかった。現在の写真を見ると早稲田停留所にはホームに屋根がついているが当時は吹きさらしだった。そこから学習院下まで写真を撮りながら歩いている。そしてそこから大塚まで引き返して国鉄で横須賀へ向った。

 

1977.1.29撮