北近畿タンゴ鉄道宮福線

丹後地方で撮った鉄道写真、いつも曇天に写っている。これもそう。1993年1月24日のもの。このときは綾部からいったん小浜線三松まで行き引き返し西舞鶴経由で宮津に至りここから宮福線で福知山に出ようとした。三松から宮津まで乗ったのが小浜色ワンマンのキハ23単行だった。
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手ブレですみません。今はJRとKTRの普通列車は西舞鶴で分離されているが、当時はJRの車両がKTRへ直通している例があった。西舞鶴で乗務員の交代をした。キハ23もすでに今はない。

 

宮津宮津線宮福線の接続駅で広い駅だった。今は宮福線は電化されここにJR183系の「文殊」や「はしだて」がやってくるが、当時は非電化で宮津駅構内に架線がない。
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今から乗ろうとするのはMF100形の普通福知山行き。この車両は現存するが製造しているのは今は鉄道車両から撤退した富士重工である。わたらせ渓谷やくりはら田園にも同社の類車があるが、KTRのはモスグリーンの車体、前照灯と尾灯をまとめたライトケース、車体と一体化したスカートなどちょっと鉄道車両の定石から離れたようなデザインでどこか欧州登山鉄道風なのが際立っている。開業当初はこのような意欲的な車両を導入したが減価償却が大きく同社の赤字の一因ともなっている。