昭和天皇・マッカーサー会見

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  豊下楢彦著 岩波現代文庫 1000円

著者の本来の専門はイタリア政治史である。イタリアはかつて王国でムソリーニ政権下日本・ドイツと共に枢軸国として第二次大戦を戦った。しかし他国に先んじて無条件降伏して内乱となり終戦を迎える。戦後ファシストに協力したかどで王位は廃止され国王は国外へと逃亡して共和制となった。これに比して日本の天皇はどうして戦争責任を問われることなく戦後国民の象徴としてなお在位し得たのかという疑問を原点として本書が記された。

 

その謎を解く鍵としてのべ11回行われた昭和天皇マッカーサーの会見で何が話されたのかに着目する。まずよく知られているのはマッカーサーによる回想録であり、初会見のとき天皇が彼に自分の身をすべて貴官の判断にゆだねると言った事に心動かされたことが記されている。しかし著者はその記述に腑に落ちない点があることに気づく。そこで他の資料に当たる。2人の会見については幾人かの天皇側近らによっても記されているが現在にいたるも公表されているのはごく一部分だけである。そこには戦後日本の政治の根幹をなす原材が眠っているはずであるが厚いヴェールに包まれている。したがって状況証拠をつき合わせ著者は推測を重ねていく。すると戦前は元首、戦後は象徴として国政には関与することのないはずの天皇が日本の戦後政治の枠組みを構築していくのに深く関わっていたのではないかという思いに至る。それは何より天皇制あるいは自身の皇位を守ることが動機であるとも思われ一般に流布されている天皇の人間像をすら塗り変えるような展開となる。ここに書かれていることは今現在において著者のフィクションを越えるものではなくその検証はまだしばらく困難だろう。しかしその内容には軽軽しさがなくある種の勇気をもって書かれていることを感じさせる。真実であるや否やは読者の判断に委ねるとして今このときもう少し話題に上ってもよい本と思う。