宝塚市立 手塚治虫記念館

阪急電車でせっかく宝塚まで来たのだからちょっと寄り道して帰ろう。駅から花の道へと歩く。
宝塚といえば歌劇、もちろん素晴らしいエンターテイメントであるが鉄オーラ満開状態の中年男一人で入るのは気が引ける。大劇場前を素通りして広い道へ。その先に

 

手塚治虫記念館
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手塚治虫は戦前幼少から少年のころをこの宝塚で送った。当時日本は戦争へと進んでいく不穏な時代だったが子供の手塚にとっては自然の中で遊びさまざまな生き物に出会う場所であった。そのころの体験は後に手塚の漫画作品を通して自然への愛と生命の尊さを訴える原動力となった。

 

入口周囲
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アトムとサファイア王子が出迎え。
手塚治虫といえば鉄腕アトム、アトムと聞いてあの主題歌のメロディーが思い浮かぶ。私たちの世代の多くは今もソラで歌える。ミッキーマウスやフクちゃんなどと並んでカレッジスポーツの応援キャラクターとして用いている大学もある。アストロボーイと名を変えて国を超えて広がった国際的ヒーロー。
リボンの騎士サファイアの中性的魅力のモチーフは手塚が宝塚歌劇から取り入れたと言われる。この地があってこそ生まれたキャラクターと言える。

 

地階ではブラックジャック
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医者としてアウトローながら正義のためにメスを振るうブラックジャック。人類のために医学は何ができるかを問いかける作品だったがこれを読んで医の道を志す少年もいたというし、漫画が単なる娯楽ではなく人生に示唆を与える教本として取り上げられるようになったきっかけの一つに数えてよいだろう。

 

1階の映像ホールでは随時アニメの小作品を上映している。今回手塚の少年時代を題材にした作品を見た。館全体を通して手塚各作品の製作由来を知ることができる。クールジャパンの生産品として世界に輸出されるようになった日本アニメの先鞭をつけた巨人として記憶されるべき人である。だが一方で「どろろ」「バンパイア」「火の鳥」「アドルフに告ぐ」などの作品により障碍者、同和差別、核兵器、戦争の悲惨さなどの社会問題を若年者に向き合わせるメディアとして漫画を使用することを教えた人であることも忘れてはならないと思う。